会社設立理由

❶【挫折から学んだ就活事情】


私は関西大学理工学部を卒業し、大手化粧品メーカーに就職した後、1度転職を経験し現在に至っています。当時の日本は、石油ショックの影響を受け1976年(昭和51年)に就職率が70.7%まで低下。しかし1979年から緩やかに上昇を続けていったところで、時は平成となりました。

内定学生への接待とでも言うべき内定者研修はすでに1980年ごろから大手企業各社は展開しており、そんなタイミングで就職ができた私たち年代人にとっては、今の学生さんに比べ遥かに恵まれた時代だったと思います。日本には数多くの化粧品メーカーが存在しますが、自社で研究、開発、製造、販売まで一貫して行っている企業は少なく、工程の一部を請け負っている原材料メーカーやOEMメーカーが一役を担っています。
そんな詳しい事も当時の私は知らず、軽い気持ちで就職し、開発や生産技術の部署に配属されると思っていました。
ところが、新人研修が終わり、正式配属された部署は営業部だったのです。(苦笑)当時の人事担当者からは、『横山くんの適正からみても、コミュニケーション力あるので、営業があっている』と言われ、私も悪い気はせず、何の疑念も持たず仕事に没頭し3年が経ちました。

良くも悪くも『石の上にも3年』そんな言葉が人事担当者から発せられた時代です。ふと、我にかえり
『学生時代に学んだ事が全く仕事に活かせていない』
『親は文系よりも高い学費を払って理工学部を卒業させてくれたのに』
『自分は何故、工学部を選択して入学したんだろう』
『そういえば子供の頃から機械いじりが好きで、自動車も好きだ』
『やはり、エンジニアとして技術の世界で仕事をするべきじゃないか?』
改めて自分の仕事に対する人生を考え直し、技術部門への配置転換が叶わなければ、転職も視野に入れて行動するようになりました。

会社には言わず転職活動も並行して行ったところ、技術営業の内定は有っても、エンジニアとしての内定は貰えませんでした。
社会人として技術分野の経験がなく、3年間離れてしまった人が正社員採用でエンジニアになれる可能性は0%に近い。と言う事を始めて知ったのです。

エンジニアとしての道が閉ざされてしまった以上は『営業としてのトップを取ろう』と思い、今まで以上に仕事に集中しました。
そのおかげで任されたブロックを全国トップにし、表彰された事もありました。しかし、心のどこかに閉ざされたエンジニアへの道が引っかかっており、私のような人も沢山いるんじゃないか?そう考えていました。

❷【派遣を通じて学んだ現実】

『第二の人生』が始まる定年まで、サラリーマンが一生のうちで仕事ができる期間は40年。平均3回の職を替える。と言われています。

私も同じく、サラリーマンで1度の転職を経験し、会社経営を入れると3回、職業を替えた事になります。

縁は偶然ではなく、全ては自分が成長するために引き寄せ、自分で選ぶことの出来る繋がりだと思います。

人との繋がりで労働力を提供し、それが事業として成立する派遣マーケットに興味を持ち、大手派遣会社に転職しました。

そこで私は変わりゆく日本の労働環境を肌で感じる事ができました。

終身雇用制や年功序列が崩れ、正規社員の賃金を守る為、非正規社員の比率が増えていく様子をバブル崩壊でまのあたりにし、同じ流れで派遣社員の数も増えて行きました。

労働者派遣法が出来た直後の派遣という働き方は、「会社に縛られたくない。」「結婚退職をした後で子育ての手も離れ、昔のキャリアを活かしたい。」など、派遣で働くメリットも多くの労働者と享受できた時代でした。

それがバブル崩壊からリーマンショック後の日本では、働く為には非正規社員になるしか方法がない現象も現れ始め、労働環境は大きく様変わりしました。

今、思えば私が就職活動していた時に、『我が社に来て欲しい!』と言われた銀行も証券会社もメーカーも全て当時のままで社名が残っているところは1つもありません。

そしてアウトソーシングなどと言われる言葉が出だした頃です。テレマーケティングの業務を経験する中で、人事代行の仕事も色々な企業から頂くようになりました。

そこで新卒一括採用の状況をまのあたりにし、今の就活システムに対する問題を感じるようになりました。

学生はどんな企業が世の中に存在し、自分が学習してきた事や経験が活かせるのか?熟知しない中では、とりあえず大手企業から応募されます。実際、私もそうでした。

応募された企業側は業務量が増える為、限られた時間の中では社員だけで処理が出来ず、人事代行として業務を外注したり、スポットで派遣社員を雇います。これは当然の対策だと思います。

テレマーケティングの現場では受託された企業毎に電話のブースを分け、オペレーターが企業の人事担当者になり代わってセミナー案内を行います。
当然学生は、電話した番号が応募した企業だと思い、対応してくださるオペレーターは人事担当者だと思い話をされます。

そこで行われている事は、国公立大学の学生と私立大学の学生とでセミナー日程を振り分け、私立大学では更に偏差値別にセミナー日程を振り分ける案内でした。

理工学部を卒業した学生も、大学で学んだ事を活かせる企業と巡り合う有力な方法は教授推薦くらいです。

自力で就活する学生にとっては、インターンシップに申し込むにも、最初の入り口は合同セミナーかナビで情報を知るしか方法は無く、広告費を潤沢にかけて宣伝する大手メーカーから順に応募する為、何度も何度も落ち続け、「自分はエンジニアとしての素質がないのか?」と勘違いし、他業種他業界へ就職していきます。

3年で3割の退職は人事担当者なら知っている新卒の退職率です。
人間関係で退職される事は少なくない為、離職率がゼロになることは無くとも、3年3割という数字が長年大きく改善されることは無く、まさにアンマッチングとしか言いようのない数字だと実感します。

このような事からも今の学生にはもっと広い視野で、就社では無く就職として企業を見てもらいたいと願います。

❷【派遣を通じて学んだ現実】

❸【戦略的人事の必要性】

新卒採用は人事に任せている企業がほとんどだと思います。
キャリア採用に関しては人事が行う企業もあれば、1次選考を事業所や事業部単位で行っているケースもあるでしょう。

私がお知り合いになった中部エリアで大手製造メーカーに勤められている開発責任者の部長から、面白い話をお聞きした事があります。

部長のご子息は有名な大学を卒業したものの、第一志望であった製造メーカーの新卒採用に応募され選考で落ちました。
2次面接に進む事もなかったようです。

彼はその後、他の製造メーカーに就職しましたが、次の年、ふと第一志望で落ちたメーカーのキャリア採用ページをみたところ、求人が出ている事に気づきました。

目に留まった内容はジルコニア素材を利用した製品開発の求人でした。ご子息は大学の研究室でジルコニアの変態機構に関して学ばれており、求人された部署に書類を提出したところ、即日面接で内定も即答で頂いたとの事でした。

可笑しな事に、その求人内容は1年ほど前から後々に必要となる人材として要望を出しており、人事からは「そんなピンポイントな人材は居ません」と回答があった様です。

今、会社が必要としている人財を採用する仕事と、5年後、10年後を見据えて必要となる人財を採用する仕事。
本来の人事業務は戦略的に人員計画を立てる事が望まれるでしょう、しかし大手製造メーカーでも実行出来ているところは少ないでしょう。

昔なら自動車は機械知識だけあれば造れました。それが電装部品化が進み電気の知識も必要となり、ハイブリットや燃料電池では化学の知識も必要です。

バックミラー1つにしても、以前は鏡だけだったものが、今やミラーに移る画像がモニターで見てとれる時代です。そこにはカメラの知識や画像処理技術が必要です。

戦略的な人事業務を遂行できる企業であれば、電気知識や化学知識のある学生を採用する必要性を感じ計画採用するでしょうし、今いる機械卒の社員に電気知識を学ばせるカリキュラムを人事主導で行うでしょうが、実際には現場任せになっているのが現実です。

何故、このような事が起こるのか?間接部門である人事部の社員は文系が多く、技術の事が分からないのも要因です。
では、人事業務を理系人材にすれば良いのでしょうが、せっかく理系を出た社員を人事部門に配置すれば、やがて転職して行くでしょう。

また、人事部門だけの問題では無く、技術部門がブラックボックス化している事も要因だと感じます。

『本当に重要な技術は特許申請も行わない』そんな言葉をお聞きした事もあります。
メーカーにとって開発は会社存続させる為の生命線でもあり、開発費用にメスを入れる事はタブーとされて来ました。
その事は理解出来ますが、立場が強すぎるのも戦略的人事が生まれない理由だと思います。

ブラックボックス化は組織単位でも同じようにあり、優秀な人材は部署の業務に対してオーバースキルであっても、他に活躍できる部署に推薦することは無く、『抱え込んでいたい』と考え、適材適所の配置が困難だとお聞きしたことがあります。

労働力人口が減少する中で、今後も採用が困難になる現実を見据え、戦略的な人事業務は益々必要となるでしょう。

❹【変化したエンジニア環境】

バブル崩壊時に現れた言葉は『リストラ』、リーマンショック時の言葉は『リストラ』と併せて『派遣切り』という言葉が現れました。

契約解除やリストラが起こったのは現業職の方々が目立ちましたが、それだけでは無く、これまで守られてきた技術部門にもメスが入り、コアな部門にいた中核社員ですら対象となった為、会社に対する就社精神や愛社精神が崩れました。

今までバブル崩壊でも守られてきたエンジニアに対する雇用は会社そのものの統廃合によっても失われ、多くのエンジニアが生活のため、今までの給与額から2倍、3倍の提示を受け、海外メーカーに就職し技術流出は進行しました。

そして今起こっている事は、海外メーカーに就職したエンジニアも技術伝承が終わった時点で雇用解除され出しています。

技術大国日本と言われていた時代を終演させて良いはずが無い。
自身はエンジニアにはなれなかったが、人材ビジネスで経験した事をローカルネットワークを活用した地域密着型のサービスで出来る限り貢献したい。

そんな思いでハーモニーズを設立致しました。

❺【生涯エンジニアとして】

派遣での経験は、事務職派遣、工場派遣、エンジニア派遣と一通り経験してきました。

1番長く経験したのが工場での現業職派遣だったことから、ハーモニーズの設立時も先ずは現業職を中心にスタートさせて頂きました。

そしていよいよ、私の拘りでもあったエンジニア派遣に本腰を入れ活動させて頂きます。

エンジニアで就業する社員に対しては、当然、無期雇用の契約で正社員として採用を致しますが、私の最終的な目的は、お取引先の製造メーカーで活躍し、任される存在になって欲しいと思っています。
中核的な存在になるには、取引先への転籍は有効な手段だと考えています。

昔の経験から、偏差値の足切りでエンジニアとして就職できなかったり、本来やりたい業務に就けておらず、スキルアップが出来ない方々に夢を叶えて欲しい。

直接メーカーへの応募では正社員採用もされない、しかし、ハーモニーズの派遣であれば就業に就く事は出来ます。何故なら派遣採用では最終学歴や転職回数は関与しません。ご本人が持ち得た知識と経験のみで就業できるからです。

そして、メーカーへのキャリア採用を成功させる方法として、ハーモニーズからの転籍を活用してください。

最終学歴や偏差値など関係なく、日々の仕事に対するあなたの取り組み姿勢や、知識を深める為の努力。その結果によって実績を積み重ね、技術的な承継が出来ればきっと実現するでしょう。

弊社で定年まで生涯エンジニアとして就業されるのも良いでしょう。しかし、就業されたお取引先の企業で、コアな業務に携わり、中核的な存在として活躍して頂く為にも、ハーモニーズのメンバーはあなたの未来をバックアップ致します。